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釧路地方裁判所網走支部 昭和41年(わ)81号 判決 1967年1月13日

被告人 大野世友 大野世親

主文

被告人大野世友を懲役二年に処する。

被告人大野世親を懲役一年六月に処する。

押収してあるマツチ箱一個(軸木五本在中-昭和四一年押第二六号の二)を被告人大野世友から没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人大野世友、同大野世親は兄弟で、いずれも小学校を中退したのち、肩書本籍地で父親大野珍平に養育されたもので、殆ど他に就職することもなく、生活保護を受けて生活していたところ、かねて網走市字二ツ岩付近の国有林の火入をみて山林が勢よく燃えるのに興味をもち、

第一、被告人両名は共謀のうえ国有林に放火しようと企て、昭和三九年一〇月三〇日午後二時三〇分ころ、同市字二ツ岩所在の網走営林署管理にかかる国有林網走事業区一一一林班ぬ小班内の防風林東縁付近に積み重ねられてあつた枯枝に、被告人世親は、かねて石油をしみこませたボロ布を長さ一メートル位の棒切れの先端にしばりつけたうえマツチで点火した松明よりのものを用い、被告人世友は、所携のマツチを用い、それぞれ点火してもえ拡がらせ、よつて右国有林約一九一、四平方メートル(トド松など八本時価約三万二、四四〇円相当を含む。)を焼燬し、もつて他人の森林に放火した、

第二、被告人世親は、前同様国有林に放火しようと企て、同四〇年六月一日午前一〇時ころ、前記事業区一一一林班た小班内の造林予定地において、刈り積まれてあつた枯笹に所携のマツチで点火してもえ拡がらせ、よつて、右国有林約一四〇平方メートル(散在する末木枝条三立方メートル時価二〇〇円相当を含む。)を焼燬し、もつて他人の森林に放火した、

第三、被告人世友は、前同様国有林に放火しようと企て、

(一)  同年六月一八日午前八時三〇分ころ、前記事業区一一一林班た小班内の造林予定地において、積み重ねられてあつた枯枝に所携のマツチで点火してもえ拡がらせ、よつて同国有林約六五〇〇平方メートル(散在する末木枝条一三立方メートル時価一、三〇〇円相当を含む。)を焼燬し、もつて他人の森林に放火した、

(二)  同四一年六月二〇日午前一〇時三〇分ころ、前記事業区一一〇林班に小班内の造林地において、枯笹に所携のマツチ(昭和四一年押第二六号の二)で点火して同林班か小班及びね小班にもえ拡がらせ、よつて同国有林約五万五、一〇〇平方メートル(自生トドマツ一三〇本、同広葉樹一、一四七本を含む、被害額合計一五二万六、九三八円相当)を焼燬し、もつて他人の森林に放火した、

ものであつて、なお被告人大野世友は、右各犯行当時精神薄弱による心神耗弱の状態にあつたものである。

(証拠の標目)<省略>

(確定裁判)

被告人世親は、昭和四一年二月二八日網走簡易裁判所で窃盗罪により懲役一〇月に処せられ、この裁判は同年三月一五日確定したもので右事実は釧路地方検察庁作成の同被告人に関する前科照会回答書によつて認める。

(法令の適用)

被告人大野世親の判示第一、第二の各所為、同大野世友の判示第一、第三の各所為はいずれも森林法二〇二条一項(第一事実については更に刑法六〇条)に該当する。

被告人世親には前示確定裁判があり、これと判示第一、第二の各所為とは刑法四五条後段の併合罪であるから同法五〇条により未だ裁判を経ない第一、第二の罪につき処断するが、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の重い第一の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をするが、情状憫諒すべきものがあるから同法六六条、七一条、六八条三号により酌量減軽をした刑期範囲内で被告人世親を懲役一年六月に処する。

被告人世友の判示各所為は心神耗弱中の犯行であるから同法三九条二項、六八条三号により法律上の減軽をし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第三の(二)の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で被告人を懲役二年に処し、押収してあるマツチ箱一個(軸木五本在中-昭和四一年押第二六号の二)は判示第三の(二)の犯行の用に供したもので被告人世友の所有物であるから同法一九条一項二号、二項により同被告人から没収することとする。

なお、訴訟費用は、刑訴法一八一条一項但書を適用して被告人両名に負担させないこととする。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、森林放火の対象となる森林とは、樹木が集団的に生立し、いわゆる林叢状態をなしている場合か、又は苗圃や造林のため稚苗が植栽されている場合に限ると解すべきところ、本件公訴事実中第二および第三の(一)(判示第二および第三の(一)に対応する。以下本件土地と略称する。)記載の網走事業区一一一林班た小班は、昭和三九年中に皆伐したいわゆる伐採跡地であつて、地上には伐採木の末木枝条が散乱するほか、幼令の樹木が散在していたのみであつたから本件土地は森林の概念に含まれず、従つてこれに放火しても刑法上の器物損壊罪が成立するは格別、森林放火罪を構成するいわれはないと主張するので判断する。

一、森林の概念を如何に定めるかについて、旧森林法(明治四〇年法律第四三号)は、有権解釈をしていなかつたため、その解釈について地籍説(土地台帳に地目「山林」として記されている土地が森林であるとする説)、林叢説(現状林叢をなしている土地が森林であるとする説)、目的説(木材及び副産物の育成利用を目的とする土地が森林であるとする説)の三説があつたところ、現行森林法(昭和二六年法律第二四九号)は、森林の定義規定を設け、(一)木竹が集団して生育している土地及びその土地上にある立木竹(同法二条一項一号、以下これを一号森林という。)(二)木竹の集団的な生育に供される土地(同項二号、以下これを二号森林という。)を森林と定めているので、これを手掛りに以下考察する。

二、まず本件土地が一号森林に該当するかどうかについて、

一号森林は、現状において林叢状態をなしている土地及びその立木竹を指称することは言うまでもないところ、前掲各証拠によれば、本件土地が放火当時林叢状態をなしていなかつたことが明らかであるから、本件土地が一号森林に該当しないことは弁護人主張のとおりである。

三、次に本件土地が二号森林に該当するかどうかについて、

二号森林を定義づける「木竹の集団的な生育に供される土地」とは必ずしも弁護人主張のように苗圃ないし稚苗を植栽した造林地のように現に立木の集団的生育の用に供されている場合に限定すべきものではなく、伐採跡地のように現に立木竹を欠如するが、その土地が造林地として利用され、又は天然林の育成の用に供されるなどの方法により将来一号森林として再生すべく予定されている場合をも包含すると解するのが相当である。

そのわけは、森林法は、改正のとき、それまで争いのあつた森林の解釈について有権的解釈を与える趣旨で、林叢説によつて一号森林を、目的説によつて二号森林を定義づけたものと窺知できるから、二号森林は、林叢をなしておらなくとも木材及び副産物の育成利用を目的とする土地であれば足り、それが現に苗圃などに利用されている場合は勿論のこと、苗圃などに利用されておらない一号森林の伐採跡地であつても、土地所有者らがその土地を他の目的に転用するなどの特別事情のないかぎり、木材及び副産物の育成利用の目的に供される土地として妨げないばかりか、あらゆる森林は、その主産物の産業的利用のために、立木竹の伐採を伴うのが通常の事態であるが、伐採によつて一時的に立木竹を欠如する状態になつたときそのときから直ちに森林たるの性質を失うと解するのは、社会通念に反することにもなるからである(森林の意義に関し弁護人挙示の判決例である高松高判昭和二五年一〇月三〇日高裁刑事判決特報一四号二二八頁は、旧森林法に関するもので、本件に適切でない。)。

この視点に立つて本件を考究する。

前掲各証拠、殊に当裁判所の検証調書、当裁判所の証人柏倉民夫に対する尋問調書などによると、本件土地は国有林網走事業区一一一林班た小班と呼ばれる土地であつて、もと三〇年生ないし二〇年生の針葉樹と広葉樹を主体にした天然林(林叢状態をなしていたと認められる。)であつたが、昭和三九年中主たる立木を伐採したその跡地であること、本件放火当時は細い樹木が点在しており、伐採後生立した小潅木や笹が若干繁茂していたほか、伐採の際切り落した末木枝条が散乱していたに過ぎなかつたけれども、周辺隣地はいずれも国有林地帯で防風林などの天然林や造林地などで占められていたこと、本件土地じたいも山地状を呈しており、森林以外に畑地や牧野などとして利用するには不適当な場所で、周辺地域もそのような利用がなされていなかつたこと、右伐採後の土地利用については網走営林署によりトド松の造林が予定されていたこと、がそれぞれ認められる。

そうしてみると、本件土地は、もと一号森林であつたものの伐採跡地であるが、土地管理者である網走営林署が、本件土地を、ことさら他の目的に転用しようとしたなどの特別事情はなんら認めることができないばかりか、網走営林署において本件土地を造林の用に供する計画であり、その目的が、本件土地自体の地形、周辺隣地の状態からみて容易に看取される本件においては、本件土地は、二号森林であることが明らかである。

そのうえ、主産物たる立木竹を欠如する伐採跡地といえども、なお独立燃焼するに足りる小潅木、笹、枯枝、樹皮、樹実、下草、落葉等を残存する(これらは森林の副産物として経済的にも全く無価値のものとは言えない。)以上、これらに放火して焼燬する行為は、美林に放火する行為に比し、その危険性においてなんら差異がないから、これを森林放火罪から除外すべきいわれはない。

四、むすび、

以上の次第であるから、本件土地に放火した被告人らの判示所為は森林放火罪を構成することが明らかであり、弁護人の主張は採用できない。

そこで主文のとおり判決する。

(裁判官 古崎慶長 小泉祐康 光辻敦馬)

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